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1999年度研究論文発表要旨集

1999年度研究論文発表要旨集

(発表順・原文のまま)

(1)林あさ子(ボストン大学大学院)

「僕は日本語の4番打者:ゲームを使用した「日本語運用能力」の評価の一例」

 現在、北米では外国語教育、あるいは継承語教育としての日本語教育が注目されています。ACTFLのOral Proficiency Interview (OPI)も従来の成人学習者対象のガイドラインに、青少年を対象とした基準が加えられ、またアメリカ合衆国では、幼稚園、小学生から大学生(K-16)までを対象とする日本語教育のナショナルスタンダードが作成されつつあります。このような昨今の動向と平行し、より正確にまた公平に学習者の日本語運用能力を評価する必要性が高まっています。

 これまでも様々な学会で、年少者の言語能力を計るテストやアクティビティが発表されてきました。これらの評価方法には、それぞれ長所、短所がありますが、現在の所、インタビューによる運用能力テストが主体となる傾向にあるように思われます。インタビュー形式の語学運用能力審査には、様々な形式がありますが、日本語教育の現場からは、学習者がインタビューの場で本来の実力を発揮できなかったという声が多く聞かれています。そのため、今回の発表では、日本語学習者、特に年少の学習者が楽しみながら、本来の個々の言語能力を発揮できるアクティビティをご紹介したいと思います。

 このアクティビティでは、学習者を2つのグループに分け、野球のルールでゲームを展開していきます。まず打順を決め、それぞれの学習者が自分の挑戦したい塁を決めます。選択肢は一塁打からホームランまであり、その進みたい塁によって、質問の難易度が変わってきます。一例を挙げると、一塁打は、「日本語で自分の名前と学校名をいってください」といった簡易なタスクで三塁打になると「病気で学校を休まなくてはいけないので、日本語の先生に日本語で理由を言って、宿題の内容を聞いてください」というような質問になります。こうして、グループで塁を進めて得点していくため、学習者は自分の最善の力を出して、チームのために貢献しようとします。またゲームに楽しみながら参加するため、評価を受けているという緊張感もなく、また回が進むにつれ、難易度を変化させたり、より難しい質問に挑戦できるため、学習者も積極的に自分の最高の能力を発揮できるようになります。他人が答えている時には、助けたり発言できないなどいくつかの規制を設ける必要はありますが、いくつかの日本語プログラムで実施した結果、学習者の大半がこのアクティビティを非常に好み、またこのアクテビティを実施してから日本語学習に対する意欲が高まったという報告があります。

 またこのアクティビティは学習者の言語能力を評価する目的以外に、ひとつのクラスにレベルの異なる学習者がいる場合に、高いレベルの学習者が自然な形で自己の日本語能力を発揮できるという点でも非常に効果の高いものであると思われます。今回の発表では、実際に参加者の方々にこのアクティビティを行っていただき、ルールや注意点などを話し合いたいと思っています。
 

(2)大須賀茂(シートン・ホル大学)

「コグニティブ・コーチング:日本語コンピュータ教育における教師の役割」

 1980年代よりコンピューターが言語教育における機器として登場して以来、様々なプログラムやソフトが開発され、現在では実際に日本語クラスで活用されている。その反面、コンピューターを使用した日本語教育におけるペダゴジーと言語習得研究はまだ始まったばかりである。

 今回の発表では、ペダゴジーとしてコグニティブ・コーチング論を応用し、日本語コンピューター教育における教師の役割とその言語習得結果を考察したい。
 

(3)游ミミ(ネヴァダ大学)

「PowerPointで簡単に作れる日本語の教材とインターネット用のコースウェア」

 21世紀がとうとう近づいて来た。コンピューター・テクノロジーが特にこの15年の間に盛んになって、教育の現場にもコンピューターがかなり普及している昨今である。

 私はMicrosoftのPowerPointを1年前から使って来た。PowerPointは特に発表やセミナーによく使われているもので、簡単に言えばOHP、テープレコーダー、CDプレーヤー、VCR、それにスライドプロジェクターの役を全て兼ねたものだ。日本語の教師の中には日本語を教える際に機械を利用しながら授業を進める者が多い。どうしてPowerPointを使うことが望ましいか、といえばPowerPointのソフトウエアさえあれば他の機械が要らなくなってしまうからなのである。

 PowerPointは単に発表やミセナーで使いやすいだけではなく、日本語や他の外国語を教える時に聞く、話す、読む、書くの四技能の練習のみならず文化紹介などのアクティビテイ教材が作りやすいという利点がある。さらに、出来あがったアクティビテイがHTMLとして保存されればすぐにインターネット用のコースウエアとしても利用できる。授業中だけではなく、小テストや試験などもPowerPointのハイパーリンクで簡単にできる。HTMLの作り方が全く分からない人にでもこういうコースウエアがたやすく作れることを強調したい。

 最近できた日本語の教科書にはたいていCD-Romがついている。教科書がついていないCD-Romも多いが、PowerPointの使い方さえ分かれば、CD-Romがついていない教科書を取り入れても困らない。PowerPointがあれば音声や映像やインターネットにのっている文化的な情報も授業で使える様になるのだ。今回の発表では、「PowerPointで簡単に作れる日本語の教材とインターネット用のコースウエア」というテーマで、参加者の皆さんに今まで自分が作って来た教材とコースウエアの一部を見て頂きたいと思っている。
 

(4)鵜沢 梢(レスブリッジ大学)  

「口頭発表を組み合わせた作文教育:初級/中級者向けの日本語教育のひとつの試み」 

 筆者は1983年よりカナダで日本語を教え始たのだが、北米で初級、中級レベルの日本語を習っている大学生用の作文の教科書がほとんど無くて困っていた。大学生用の色々な日本語の教科書を見ても、作文の練習はほとんど入ってないと言ってよい。初級レベルからの作文練習は日本語の力を伸ばすのに役に立つと考えていた筆者は、どんな教科書を使っても、初級レベルから作文の練習は取り入れてきた。しかし、作文だけを書かせても、自分の書いた漢字さえろくに読むことが出来ない学生がたくさんいることに気が付いてからは、作文と口頭発表を組み合わせて、クラスで発表練習をさせるようにしてきた。

 しかしながら筆者のいう作文とは、従来の作文練習とはかなり違う。色々なトピック、ジャンルで作文練習をさせるのだが、作文はクラスメートが「聞いて分かる」ということを前提として書かせるのである。先生が読んで文法の間違いを直し、感想を書いて返すというパターンではない。例えば、「ミニレッスン」というトピックでは、クラスメートに日本語で何かを教えるというもので、もしゲームを教えるのであれば、そのやり方をわかりやすい日本語でまず作文課題として書かせる。その時、クラスメートに口頭で説明した後、クラス全体でそのゲームするのだということを頭に入れて作文を書かなければいけない。口頭説明では作文をただ読むというのではなくて、メモを時々見る程度で説明できるまで練習させてくるのである。聞いているクラスメートが分からなければ意味がないので、作文はだから、先生に読んでもらうだけでなく、クラス全員が読み手(あるいは聴衆)ということになる。なお、先生だけがAudienceという従来の作文練習では作文の力が伸びないという研究は英語の作文教育、第二言語教育の分野にたくさんある。

 これらの作文、口頭発表はカナダやアメリカの大学でクラスに定期的に取り入れてきたが、学生にとても好評であった。学生のほとんどは教室の前に立って日本語で発表するなんて、最初は出来そうもないと思っているのだが2回、3回と繰り返すうちに自信がついてきて、次の発表を楽しみにするまでになった。また、各学生の発表の後でクラス全体で発表についての質問と答のやりとりをするのだが、これも自然に、今まで習った日本語を活用して発話するようになってくるケースが多かった。

 過去15年間におけるこれらの作文とスピーチの実践指導は1冊の本にまとめられ、「<日本語>作文とスピーチのレッスン~初級から中級へ~」というタイトルで去年(1998)アルクより出版された。この本の特長は、作文と口頭発表が組み合わされていることであり、また口頭発表は少なくともパラグラフレベル以上のスピーチ練習が主体となっているので、センテンスレベルの会話練習が主となっている昨今の初級教科書の副教材としてうまく機能していくことにあると思う。今回の発表ではこの教科書からのトピックを使って実際に教師用のモデルプレゼンテーションの実演もまじえて発表してみるつもりである。
 

(5)山下吉友(アリゾナ大学大学院)

「副詞の談話と文構造に関わる機能について:「どうも」「どうやら」を中心にして」

 本発表では話者が、聞き手に談話の流れを意識させ、談話内容とこれから話者が述べようとする文との相互活性として働く副詞について述べていく。特に「どうも」と「どうやら」を中心に、話者の談話の流れに関わる文のプロダクションと聞き手をどの様に話者の文に誘導していくかの関係に焦点を当てて述べようとする。話者の事柄に対する態度を示す副詞群は語義と文構造の両方の立場からの研究が主にすすめられてきたと思われる。一方、文構造の立場からは、事柄内部の構造と話者の態度を示す文末形式と伝達方式に関わる呼応の仕方が中心に研究が進められて来た。しかも、これらの副詞群は文構造内の統語昨日に焦点が当てられ、談話と文との結び付きについてはあまり論じられて来られなかったように思われる。

 発表では特に「どうも」と「どうやら」の用法を中心に、談話の推移を話者と聞き手が把握しながら、話者の述べたてに聞き手を引き込む機能を持つ副詞について論じる。
 

(6)前野好美(ハーバード大学大学院)

「日本語の口語での話のまとめ方の習得」

 日本人が日本語の学習者の話を聞いた時、会話の時は、それほど気がつかなかったのが、いざ、まとまった話をしてもらうと、いやにまちがいに多く気付くことがある。その話の組み立ての中での、いわゆるまちがいというのは、いったい何であるのか。日本語教育の中で、語彙、文法、発音、などの間違いについては、よく研究され、指導されているようだが、日本語のまとまった話の組み立て方については、読み書き以外には、あまり言い立たされていないようである。日本語の学習者、特に上級生が、何人かの日本人と話していた時、何か、面白い自分の経験談を語ったとする、するとそれを聞いていた日本人たちが、その学習者に対して、「なかなか好感がもてる人だ」と思うようになるかもしれない。そうすると、その学習者は、日本人のそのコミュニティの中にうまく入れたことになる。外国語学習者にとって、その言葉が話されているコミュニティに受け入れられるということは、究極の目的ではないだろうか。そして、その話の組み立て方が、分かり、実際、日本語の授業で、明確に教えられるようになれば、学習者にとって、どんなにいいことだろうか。

 この発表では、(1)「日本人の大人による、日本語の口語での話の組み立て方というものが、どういうものなのか。」ということと、(2)「日本人の口語での話の組み立て方が、英語を母国語とする、外国語学習者の話の組み立て方と、どのように違うか。」という課題について検証する。そして、もし、外国語学習者の話の組み立て方が、日本人の組み立て方に似ている場合には、学習者が、ある程度、日本語の話の組み立て方を習得したということになる。

 ここで、話(ナレーティブ)の定義だが、「少なくとも、二つの時間の順序が含まれている話」ということで、例えば、「となりの友達と遊んでいて、ころんで、泣いて、うちへ帰りました。」などの文である。

 この発表では、上で述べた二つの課題を、合計180の話を使って、分析した結果について述べる。この180の話の中の半分は、15人の日本人によるもので、あとの半分は、英語母国語とする15人のアメリカ人によるもので、アメリカ人は、日本語の上級学習者である。各グループにそれぞれ日本語と英語で、三つの話題(子供の頃の印象に残っている話、けがの話、旅行で印象に残っている話)について話してもらった。

 すべての話をテープに録音し、それをすべて、書き下ろした。すべての話を、文節に分け、スタンザ分析(Stanza Analysis)(Hymes, 1982; Gee, 1989, 1991)と、ハイポイント分析(High Point Analysis)(Labov, 1972; McCabe and Peterson, 1991; Peterson and McCabe, 1983)を使って、分析した。スタンザ分析は、話を、テーマ(主語、出来事、場所、時間、などの変化)によって小さいグループに分けるもので、ハイポイント分析は、それぞれの文節に「orientation」「 action」「 evaluation」「 outcome」などの役割のラベルをつけるものである。この二つの分析によって、日本人と英語を母国語とする日本語学習者の、日本語と英語の話のまとめ方を比較することができるのである。実際、この二つの分析方法は、日本人とアメリカ人の子供の話の分析にも使われた (Minami and McCabe, 1991; 1992)。

 将来、日本語の話のまとめ方が、日本語の授業で教えられるようになれば、学習者が、日本人と話した時にもっと親密な交流ができるようになるのではないだろうか。そして、口語だけでなく、読み書きの分野にも、大きく影響していくはずである。
 

(7)金谷武洋(モントリオール大学)

「日本語「ある」と英語「Do」の対照的研究」

 日本語教室で文法を教える際、受身、使役らはいずれも重要な文法項目だが、これらを「連続線の両端」として捉え説明することを第一部で提案する。その過程で、助動詞や形態素と姿を変えて再使用(リサイクル)された二つの動詞「する」と「ある」が、この連続線を形態論的に支えていることを指摘する。これが日本文法を効果的に教える際の一つのポイントと思われるのは、学生にとってやっかいな「自動詞・他動詞」の区別もその連続線に乗るという大きなメリットがあるからである。つまり、受身・使役・自動詞・他動詞という極めて重要な四文法項目が「総合的なシステムとして」学生に説明出来る利点を強調したい。

 本論文の発表者がこの「連続線」に気付いたのは、英語や仏語の使役/受身表現が「動詞がリサイクル(再利用)された助動詞」を使っている状況を見て、「日本語ではどうだろう」と考えてみたのがきっかけである。言うまでもなく英語では本動詞である<be,get,have,make,let>、仏語でも同様に本動詞の<etre,faire,laisser>などを助動詞として使役/受身表現に再利用しているのだが、これはドイツ語やスペイン語、イタリア語など他の印欧語でも全く同様である。さらに付け加えると、上の連続線の自動詞と他動詞の間には、再利用された「ある」も「す(る)」も持たない、いわゆるゼロマーク(無標)の動詞群がある。これらの動詞群を観察して極めて面白いのは、このグループに限っては形の上から自動詞なのか他動詞なのか決定出来ないことだ。語幹に-Uがつくものでも「開(あ)く」なら自動詞だが「割る」なら他動詞である。語幹に-ERUがつくものでは「割れる」なら自動詞だが「開ける」なら他動詞である。この「形からは自他が同定出来ない」事情は「再利用された動詞による自他のマークを持たないためのあいまいさ」と上手く説明出来、学生が納得しやすい。それらの動詞群を考慮するならば、連続線は以下の様に表示される。

    (R)ARERU ・ (R)ARU  ・ ゼロ     ・  SU  ・(S)ASERU
      受身  自動詞    自/他動詞 他動詞  使役
 
 続く第二部ではこの内で特に「ある」に注目し、日本語におけるその群を抜いた重要さを、やはり同じ様に英語において突出した働きぶりを示す動詞DOとの比較の上で対照的に分析する。第一部で見るように、日本語の動詞「ある」はリサイクルされて多くの自動詞のみならず、受け身と並行して可能・尊敬・自発の助動詞をも作っている。この和語の語彙的広がりを探訪し、この動詞が日本語にとって如何に重要な役割を担っているかを指摘する。それと対照的に英語のDOを対峙させ、池上嘉彦(1977)の主張する「なる言語」日本語対「する言語」英語のタイポロジー(言語論類型論)的対峙を語彙レベルで検証してみるのが狙いである。

 池上の、英語を「する言語」・日本語を「なる言語」とみなす立場は「ある」とDOという二動詞の比較からも支持出来るものである。ただ「なる」とは「ある」の変化した形であることから鑑みても、我々はむしろ「ある言語」という言い方をしたい。
 

(8)高野園 (カーネギーメロン大学) 

「コミュニケーションを中心とした日本語習得のための文法の一例: 
 条件法に見る感情の世界と理論の世界」 

 この発表の目的は、教育のための文法のあり方についての考察に基づき、条件法「たら、ば」を一例に、談話の中での日本語条件法に見られる特徴を掲げ、コミュニケーションを基盤とした教育のための文法の一考察を提示することにあります。 

 まず第一に、文法と言えば、とかく、統語論/形態論を中心とした、文法パターンの説明に収められがちですが、教育のための文法には、更に、広範囲な立場から見た、話し手の立場、意識、又は、発話目的等を中心とした言語機能に関する情報が不可欠である事の主張を提示し(Oldlin 1994, Nunan 1994, Ferguson 1991)、又、第二に、こういう点を明白にする事によって浮かび上がる日本語表現法の特徴を(Ikegami 1981)、条件法の一部である「たら」と「ば」に焦点を当て考察し、お互いの相違点を掲げます。その内容は、条件法の中に見られる聞き手の主観的考察に基づく、感情導入をそそる表現法と客観的考察に基づく理論を促す表現法のその二面性の示唆し、具体的には、「たら、ば」が談話の中で、いかにこの二面性を表現しているかを指摘します。

 第三に、これらの考察の中心概念となった、「たら」のアスペクト的性格、更に、「たら」と「ば」の相互作用から生まれた今日の談話の中の各々の役割を「主体性の文法化」に記されている概念(Hopper 1996, Hopper & Traugott 1993)と関連づけ、その主張の裏付けを試みます。

 最後に、ここで、主張された、「たら」と「ば」の主観性/客観性、又それに基づく、感情の世界と理論の世界の相違点を日本語教育の現状で、いかに取り入れられるかの試験的ケーススタディーの結果を発表を致します。
 

(9)安本恵美子( ウィスコンシン大学マディソン校大学院 )

「カナダ日系二世のcode-switchingについて」

 モントリオールの2世の日本語と英語におけるコードスイッチの役割とその理由を会話分析によっての分類分けを提案する。まず、日本語を中心とした会話で、2世が所々英語をいれるのには、3つの機能がある。それは、(1) Lexical gap  (2)Turn-taking (3) Topic-shift である。専門用語を日本語に出来ない時に、2世はその単語をそのまま英語の発音で日本語の会話で発話するようである。次に、日本語での会話が続いているが、自分が会話の主権をとりたい時に、英語に変えることで会話の主権をとるようである。最後に同じ話者が話しつづけている時に話題を変えたいときに英語に変えることでそれを成し遂げようとするようである。

 次に、英語を中心とした会話で2世が所々日本語をいれるのには、2つの機能がある。それは、(1) Lexical Gap (2) Interruption である。日本語独特の言葉でそれを英語で言い表わせないときに、英語の会話の中でそのまま日本語の単語を使うようである。次に、人が話をしているのをさえぎるときに日本語で話しかけることがある。

 この研究によって分かったのは、2世は会話の中で日本語から英語、英語から日本語に変えることによって、自分たちの会話をより円滑にしようとしているということだ。
 

(10)林あさ子

「『バイリンガル教育』って何?:日本国内における日本人の「バイリンガリズム」と「バイリンガル教育」  への認知度と好感度調査の結果報告」

 近年、「バイリンガル」という言葉は日本語として広く使用されるようになり、日本国内でも多くの教育関係者や言語学者がバイリンガルに関する調査や研究の結果を発表しています。しかし、日本人が「バイリンガル」をどのように認知しているのか、または「バイリンガル教育」に対し、どの程度の知識を持っているかという研究は、現在のところまだあまり行われていません。そのため本研究は、日本人の「バイリンガル教育」への認知度、「バイリンガル教育」への興味、好感度、そして「バイリンガル」という言葉の持つイメージについて調査することを目的としました。

 1998年から1999年にかけて、日本全国の中学生(11才)から69才の成人までの1000人を対象に、7つの選択肢形式と1つの記述式設問からなるのアンケートが配られ、1999年5月現在、680人からの回答が得られました。その調査の結果、回答者の60.3%が「バイリンガル教育」という言葉を聞いたことがなく、26.4%が聞いたことはあるがどういうものか知らないと回答しました。更に「バイリンガル教育」に対してどんなイメージがあるかについては、67.6%がいいイメージも悪いイメージもないという回答を出しました。その一方で、「バイリンガル教育」を受けてみたい(または受けてみたかった)かどうかという質問には、64.2%の中高生が、「受けてみたい」と回答し, 全体の48%が「興味がある」と回答し28%が「受けてみたい(受けてみたかった)」と答えていました。また「バイリンガルになりたいか。」という質問には、55.6%が「なってみたい」または「なってみたいが無理だと思う」と回答しました。「バイリンガルに対して抱くイメージを一言でいうとどんな感じですか。」という問いにたいしては、大多数が、「賢い」「国際的」「仕事ができる」などといったポジティブな表現を用いていました。
 
 これらの結果から、「バイリンガル教育」は日本ではあまり認知されてはいないものの、「バイリンガル」に対しての好感度は高いという推察が可能であると示唆されます。今回の発表では、本研究の結果報告と合わせて、日本におけるバイリンガル教育の先行研究のまとめと、日本人の「バイリンガリズム」への考察について論じます。
 

(11)Tae Kunisawa (ノースカロライナ、セントラル大学)

目的
1)コンピュータを学習の中に導入することによる生徒の日本語学習に対する動機づけの向上。
2)生徒の祖先の国(アフリカ、アジア、ヨーロッパ)にあるfolktaleの中で「一寸法師」 に  似たfolktaleを学習させ、討論させることにより、生徒の創造性を高め、「一寸法師」をアメリカの生徒の観点から書き直させる。
3)生徒の動機づけの向上と創造性を高めることにより、日本語の4技能を向上させる。

対象:アメリカのハイスクール(パブリックスクール)

経過説明
1)「 一寸法師」 を英語で読ませ、物語の理解をはかりインターネットで「一寸法師」に出  てくる日本の文化, 歴史についてリサーチさせた。
2)リサーチの内容をPowerpointを使って発表させた。
3)Hyperstudio, Corel Gallery Magic 200,000を使って「 一寸法師」 を日本語の翻訳、文法、 音読指導を行った。
4)「 Tales of Temba」 (アフリカ), 「 Tom Thumb」 」( ヨーロッパ)の物語を学習し相違点を討論させた。
5)生徒の討論をもとに「 一寸法師」 の話しを生徒に作りかえさせた。
6)生徒が作った「 一寸法師」 の話をもとに影絵を大学のホールで上映。

成果
1)500名の大学生、大学の職員を集め影絵の上映は成功した。生徒が学習した成果を発表し、「一寸法師」 とういう物語を通して500 名のアメリカ人の観客に、 彼等の言わんとするところを、日本語で 訴えたことに 大きな成果がある。
2)異なる文化の中にある「 一寸法師」 に似た物語を学習し、討論させたことは、生徒の創造性を 培うことに 大変効果があった。
3)Hyperstudio,Corel Gallery  Majic 200,000 を使ってコンピュータ教材を作ったことは、生徒の学習意欲を高めるのに効果があった。
(1)特に、日本語の授業についてこれない生徒の意欲の向上に役立った。
(2)コンピュータの使用は漢字学習を容易にした。
4)インターネットを使っての日本の文化のリサーチは日本について視覚的、聴覚的(日本の伝統的な楽器をインターネットで聞く)に理解するのに非常に効果があった。
5)Powerpointによるリサーチの結果の発表は視覚的にも聴覚的にも内容をわかりやすく伝えるのに効果的だった。
6)「 御とぎ草子」 の中にある「 一寸法師」 の原作と「 古 事 記 」の中にある「 一寸法師」の源流を生徒に紹介することで、生徒の知的好奇心をひきだすことに役立った。

課題
1)生徒にコンピューターのソフトウエアーを使っての物語作りをさせること。
2)文法の問題をhyperstudioを使ってもっと充実したものにする。
 

(12)川島道子(アルバータ大学)

「日本語学習者の明示的言語知識の習得」

 本研究は、初級、中級IとIIの3つのレベルの日本語学習者の明示的言語知識を、特に助詞について調べることをその目的としている。

 1970年代にいろいろな教授法が模索されているなかにコミュニカティブアプローチが導入され、その後発展、普及してきたが、最近になって文法を教えることに再び注意が払われるようになってきた。そして、form-focused instruction(形式教授)が提唱され、学習者に形式を意識化させる重要性が認識されているが、実際その方法については、文法の規則を直接説明するという明示的教授法をとるべきか、あるいは間接的な方法で、文法規則が含まれているタスクを課し、そのタスクを行うことにより文法規則に気づかせるようにする方がいいかなどについては研究が始まったばかりである。

 文法の規則を直接説明するという明示的教授法は従来も行われてきており、学習者はその規則をもとに各種の言語活動をすると考えられている。しかし、実際のところ、学習者は教えられた規則を全て内在化している覚えているものだろうか。すなわち、学習者の言語知識は教えられた規則を明示的に反映しているのだろうか。形式教授を考える時、これらの点について考察を加えることも必要だと思われる。

 学習者の明示的言語知識は、時間の制限のない課題、例えば、文法性判断とか、作文の訂正などでアクセスされると言われるが、そのような課題での言語使用は、必ずしも明示的知識ばかりを反映しているとは限らず、他の要因によっても左右されるのではないかということが指摘されている。筆者も作文の訂正研究を通して同様な疑問を抱いた。それで、学習者の明示的言語知識を直接はかり、そして、他の言語活動との関係についても調査するために本研究を行った。

 現在までに、第2言語習得者の明示的な言語知識を直接はかった先行研究は、それぞれ英語、オランダ語、イタリア語などについて報告されている。それらの研究では学習者の明示的知識を直接はかり、その明示的知識と他の言語活動を比較しているが、その研究結果をまとめると、明示的知識について次のような予測が得られる。
(1)文法の規則について明示的知識があれば、例えば、他の言語活動、文法性判断などの課題で、正答率を得る可能性が高い。
(2)しかし、文法の規則について明示的知識がなくても文法性判断などの課題で、正答を得ることができる。
(3)明示的知識は学習のレベルと相関がある。
 
 本研究では、以上の3点につき、初級と中級IとIIの学習者を対象に特に助詞の問題をとりあげて、直接明示的言語知識をはかった結果と文法性判断の課題の結果につき分析、検討をする。さらに、日本語話者にも行った同様の調査から得た結果についても比較、検討したい。

 

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