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2002年度研究論文発表要旨集

 

2002年度研究論文発表要旨集

(1)インターアクションにおける日本語学習者の「気づき」と中間言語の発達

金山貴美(南ジョージア大学)


 本研究では、アメリカ人日本語初級学習者(英語母語話者、大学生)と日本語母語話者(高校生)とのインターアクション(電子メール交換;日本語と英語を使用)の過程で見られる学習者の中間言語に焦点をあて、その発達を観察した。言語習得理論のモデル(Ellis,19895;横山1999)を参考に、言語習得の過程でおこる「気づき」という概念に注目し、学習者へのインタビューとその中間言語から「気づき」の有効性を検証する。なお、本研究は、日本語学習(50分授業週5回)開始後約10週目からの中間言語変化の記録であり、観察期間は2001年11月から2002年3月までとする。

 学習者へのインタビューから次のような肯定的な「気づき」と否定的な「気づき」が確認された。肯定的な「気づき」は、1)漢字学習の重要性2)文末に気持ちを表す表現(判断、終助詞等)が現れること3)名詞化する機能がある「こと・の」や「てみる」「なる」「ようになる」「ことになる」等がよく使われていること4)いくつかの助詞(には、では等)はペアで使われること、等である。否定的な「気づき」は、1)1つ1つの単語が認知できない2)漢字が理解できない3)未習語彙や文型が多く、使える副詞や接続詞が少ないことから伝えたいことを日本語で表現できない(中間言語と日本語との”gap”(Schmidt&Frota;1986))、等である。中間言語においては、いくつかの興味深い変化が観察された。

 1)動詞の活用ミスの減少(て形の定着が目立つ)2)未習文型の使用(なければいけない。と思う等)3)単文から複文へ、接続詞の使用(とき、あいだに等)4)漢字の積極的な使用(変換ミスや推測による間違いもあり)5)終助詞の使用、等である。以上のようなことから、「気づき」は言語学習において必須不可欠条件(Schmidt,1990)であり、横山(1998)でも指摘されたように「気づき」は自己の中間言語と目標言語を比較・検証する機会と、目標言語から未習の項目(語彙、文型等)を学ぶ機会を与える、といえる。また、インターアクションと中間言語の発達には肯定的な関係(Mackey;1999)が認められた。

 Mackey et al (2000:474)によると、学習者の中間言語に変化が現れる前には考える時間や与えられた情報を処理する時間が、そして学習者が目標言語から情報や意味を理解するためには複数の見本が必要とされる、という。本研究においても、学習者はまず否定的な「気づき」を示し、続いて肯定的な「気づき」を示し、その中間言語に顕著な変化が観察されたのは2月以降であった。

 教育への示唆として、日本語教師は、インターアクションを通じて「気づき」がおこるように教室活動を考え、工夫する必要がある。そして、学習者を次のレベルへと導くために、肯定的な「気づき」は今後の学習計画、目標を明確にするために利用し、否定的な「気づき」がおこった場合は学習者を励まし、学習者にあった適切な指導を行い、その中間言語と日本語との”gap”を縮めていくべきである。またその際に大切なことは、学習者に考える時間を与えること、そしてできるだけ多くの見本(インプット)を与えることである。

 本研究の結論として、先行研究同様(Pica, Lewis & Morgenthaler, 1989; 横山,1999)インターアクションの過程でおこる「気づき」は言語習得において有効である、と思われる。ただし、インターアクションの過程で何が「気づき」を促す要因であるかについては議論の余地があり、今後の研究課題としたい。 



(2)アメリカ中西部における日本語継承語教育支援システムの構築/中間報告

桶谷仁美/田伏素子(イースタン・ミシガン大学)


 日本語継承語教育は、子供のバックグラウンドによってさまざまな形態を形どる。

(1)アメリカ/日本生まれのアメリカ育ち。両親はアメリカ短期/長期滞在日本人。
(2)アメリカ/日本生まれのアメリカ育ち。両親は日本からの戦後新移住者。
(3)アメリカ生まれのアメリカ育ち。両親は日本からの戦前移住者。
(4)アメリカ生まれのアメリカ育ち。片親が日本からのアメリカ短期/長期滞在者、もう片親がアメリカ人。
(5)アメリカ生まれのアメリカ育ち。片親が日本からのアメリカ短期/長期滞在者、もう片親が日本/アメリカ人以外。
(6)アメリカ/日本生まれの日本育ち。両親共に日本人ではないが、日本での生活経験者、などである。

 継承語教育を考える時、上記のように子供のバックグラウンドから学習対象者の定義付けが可能であるが、子供の日本語力の面または日本語・英語のバイリンガルの言語能力や学習環境から見てみるとどうであろうか。日本からアメリカに来たばかりの子供は、こちらに長く滞在している子供よりは、ずっと比較的日本語が優れてはいるが、アメリカ生まれの子供でも、両親のたゆみない努力で、日本語も英語も流暢に操れるバイリンガルに育っているケースもある。

 一方で、「言語(継承語)は三世代で消滅する」と言われ、一方では「言語(現地語)は三世代経たなければネイティブのようにはならない」と、言われるように、言葉の維持および獲得は、なまやさしい代物ではないと言うことが伺われる。

 アメリカ中西部は、一体どのような状況になっているのであろうか。中西部は、上記に示す(1)~(6)に属する子供はすべて存在するが、行われている日本語のプログラムをみてみると、その大半が、補習校に頼っていることがわかる。日本語学校は、現調査では、シカゴの2校しか見つからなかった。また、これらの学校は、主に日本語補習が目的であり、バイリンガル育成の立場から、子供の言語発達を見て教育を行っているわけではない。しかし、中西部の補習校の場合、特にデトロイト地域では、誘致で始まった日系企業の子弟が通う学校であるため、現地のコミュニティーとのネットワークがしっかりしており、教育局などともつながりがあり、ESLなどのプログラムへの連携もスムーズである。

 本研究では、「中西部でどのような継承語のプログラムが必要なのか」の問いに応えるため、これらの環境にあるデトロイト地域の家庭を訪問し、インタビュー形式で現状調査をした。それによると、1)教室で先生の言っている日本語は理解できるが、日本の教科書(いわゆる国語の教科書)では、授業についていけない子供、2)日本語学習の環境が補習校などの学校以外にない子供、3)距離的に学校に行きたくても行けない子供、(4)両親とも共稼ぎのため、日本語に触れる機会が極度に低い子供、などのためのプログラムが必須であることがわかってきた。さらに、本研究では、その現状を打破するため、継承語としての日本語教育支援システムの構築を試みた。また、パイロットプロジェクトとして、一家庭をとりあげ、その支援システムの可能性を探ってみた。本発表は、その中間報告である。



(3)日本語学習者のあらすじの談話:わかりやすさ、わかりにくさの要因に関する調査と分析

近藤純子(ミシガン大学)


 日本語学習者が文レベルのやりとりができる「中級」から段落レベルでのやりとりができる「上級」に移行するためには、文と文を的確につなげ、結束性のある談話を構成する力を養うことが必要である。これまでに、日本語学習者の談話におけるわかりやすさ、わかりにくさの要因としては、視点のシフトや接続表現の使い方の問題(渡邊1996; 柳町 2000) 、指示語の使い方や言いよどみ/言い直しの問題(伊豆原・ 嶽1991) 等が指摘されている。しかしながら、これらの研究は日本語教師/研究者の視点で行われており、一般の日本人が学習者の談話を聞いた時に、何がわかりやすく、何がわかりにくいことの要因となるかはまだ明らかになっていない。そこで、本研究では、ACTFL Oral Proficiency ガイドライン のSuperiorレベル、Advanced レベルの学習者各2名と日本語母語話者(対照)2名の計6名が Oral Proficiency Interview で話したあらすじの談話を用い、一般日本人にとって、何がわかりやすく、何がわかりにくいことの要因となるのかをアンケート調査した。さらに、その結果に基づき、わかりやすい談話とわかりくい談話にはどんな違いが見られるのかを比較、分析した。

 アンケート調査においては、79人の一般日本人に、6名が話した映画のあらすじの談話を聞いてもらい、話の長れが自然であると感じたか(質問1)、話をわかりやすいと感じたか(質問2)について、5段階で評価するという方法をとった。さらに、質問2においては、なぜそのように感じたと思うかを、発音、言葉の使い方、文法の使い方、文と文のつながり、内容量、言いよどみ/言い直し等の項目からを選び、解答してもらった。その結果、一般日本人が学習者の談話を聞いた場合、1)発音のわかりにくさ、2)文と文のつながりの悪さ、3)言いよどみの多さの三項目が、わかりにくさと大きく関係しているという結果が得られた。

 この結果に基づき、「発音」、「文と文のつながり」、「言いよどみ」の三項目について、わかりやすいと評価された談話とわかりにくいと評価された談話ではどんな点が異なるのかを、比較、検討した。分析の結果、わかりにくさの要因となりうる主なものとして、次の三点が考えられる。

1)~て/~から等、文と文のつながりを示す言葉を含むPause-bounded Phrasal Units (PPU) boundary における stress の欠如
2)language-production-based フィラー(意味のないフィラー)の多用
3)主語の過剰な省略や代名詞の使用等、話の登場人物に対するあいまいな指示語の多用

 本研究は6人のあらすじの談話の比較という、限られたデータによるものではあるが、独り話の指導、特にあらすじの談話の指導をする際に、登場人物に対する指示語の使い方、フィラーの使い方、イントネーションや発音等、具体的にどのような点に気をつければ、よりわかりやすい談話が構成できるかを示唆していると思われる。



(4)日本語クラスの笑いの効用

新里瑠美子(ジョージア工科大学)高野園ヘイズ(カーネギー・メロン大学)


 ユーモアの効用は医学界、教育界など種々の分野で注目されているが、笑いの源泉となる言葉を扱う言語教育の分野でも脚光を浴びつつある。すでにVega (1990)はcommunicative competenceの四つの柱であるgrammatical competence, discourse competence, sociolinguistic competence, strategic competence (Canale & Swain, 1980) に加え、その第五番目としてhumorを提唱している。

 ユーモアは言語運用能力の尺度となるだけでなく、授業の活性化にも役立つものである。ユーモアから生じる笑いの特徴は、複数の聞き手を同時に談話に参加させることを可能にすることにあるが、私達はこの特徴を活用し、クラス一体のインボールメントを促し、仲間意識を強化し、話者の感情をも躊躇することなく自由に表現できる環境作りを目的としてきた。ユーモアでクラスの緊張を和らげ、学生の溶け込めるクラスの雰囲気を作り出し、クラスの談話を強調方向に持っていくことは、外国語習得をより効果的にするものだと考えられる。

 日本語クラスの終了時、生徒の一人一人が「今日もクラスに来てこんなことができるようになった」と思える授業、それに加え、「今日のクラスも本当に楽しかった」と思える授業にするために、ユーモアを導入することによって、クラス全体の仲間意識を確認し合いつつ、実質発話の内容の緩和、促進、継続を促し、協調的談話方向に動かそうとするものであるが、本稿は筆者がクラスで実際に試みた日本語クラスのユーモアの導入と、その時々の生徒の反応の紹介である。
「たかが笑い、されど笑い」の実践報告である。



(5)学習者の名詞修飾の誤用:助詞「の」の誤用をめざして

傅 静 Jing Fu( トロント大学大学院)


 日本語の名詞修飾は第二言語の学習者にとって日本語を習う時の困難点の一つである。名詞修飾というと、種類が多いが、本稿は名詞、形容詞(イ形容詞とナ形容詞)、動詞また副詞が連体修飾語になる場合、学習者がどういう間違いをするか、そして、その間違いの原因は何かについて、調査の結果を分析し、検討する。

 トロント大学在学中の三年生を対象にして、調査をした。調査した結果によると、かなりの学習者は名詞修飾をあまり習得していないと分かった。特に動詞が連体修飾語になる場合、英語話者の学習者にしても、中国語話者にしても、ある程度母語による干渉があるので、助詞「の」の使い方には間違いが多く現れた。Ellis  (1994)は日本語を習うとき同じ文字(漢字)を共有しているため中国語話者が英語話者より有利だと言っている。本調査の結果から見ると、連体修飾語を習う場合、中国語話者のその有利さが見つからない。

 本稿の提案としては、日本語の名詞修飾を教えるとき、母語の影響を最小限度に減らすために、タスクが多ければ多いほどいいのではないかと考える。そして、適度にテストをすることによって、その間違いに気づかせることが必要である。



(6)中国語・韓国語を母語とする学習者の日本語語彙の認知について

王伸子(専修大学)


 学習者の語彙に対する認知の研究はさまざまな角度からなされているが、本研究はとくに中国語、韓国語を母語とする学習者、いわゆる漢字圏の日本語学習者が、どのように新出語彙を認知するかということを扱うものである。語彙についての認知は、視覚によるものと聴覚によるもの、つまり外国語学習では文字による語彙の認知と音声による語彙の認知が考えられる。もともと本研究は、学習者の聴解過程を観察し、よりよい聴解指導をおこなうことを目的としていたが、その一つとして、聞き取り音声にも結びつく漢字語彙の読みをどのくらい正確に学習しているかを調べようと語彙の読みを書くテストをおこなったところ、単なる誤読以上の結果が得られたため、漢字による日本語語彙の認知を観察するものとして、ここ数年、大学の新入留学生を対象に語彙の読みテストをおこない、その結果をまとめたものである。したがって、本来の目的は音声による認知の学習支援だが、テストの形式は文字による語彙の認知を観察したものである。また、このテストの対象者は日本で学習している中国語、あるいは韓国語を母語とするいわゆる漢字圏の学習者で、日本語能力試験1級程度の力を持っており、調査の時期は大学に入学してきたばかりの4月である。

 テストを受けた時期の学習者の学習環境であるが、ほとんどの者が日本に1年半から2年ほど滞在しており、その間、日本語学校に通うかたわらアルバイトをしているという状況である。つまり、クラスにおける学習と同時にアルバイトという場での自然学習に近い環境を持つ場合がほとんどである。

 テストの結果であるが、誤読の種類を以下のように分類した。・濁点の有無のまちがい(例:果物「くたもの」) ・長音、促音等のまちがい(例:素人「しろと」 雑魚「ざっこ」) ・適切な読みを知らない(例:心地「しんち」) ・漢字の意味からの推測(例:母屋「じっか」) ・その他 これらは学習者の母語によって多少ばらつきはあるが、大別すると、母語の音韻構造が干渉しているものと、漢字の知識からの推測によるものとが考えられる。また、ほとんどの学習者が正解するものは、教科書での既習のものだけでなく、テレビドラマやコマーシャル等で頻繁に耳にする語彙であった。全体的には、日常生活を日本語で送っている学習者特有のまちがいが数多く見られることから、文字を介さない音声の聞き取りの際には、さらに推測に頼っているということは想像に難くない。今回の発表では、当該テストの結果とその誤読の分類、また、それについて分析・考察したものを報告したい。          



(7)日本語文読解プロセスにおける辞書の使用 (漢字圏学習者の場合)

鵜沢梢(レスブリッジ大学)


 言語教育における辞書使用についての研究はこれまでほとんどされてこなかった(Summers, 1988)。語彙の習得におけるストラテジーのひとつとしてGu & Johnson(1996), Kojic-Sabo & Lightbown (1999), Sanaoui (1995) 等によって最近取り上げられてきたにすぎない。日本語教育の分野においても辞書の使用に関する研究は無く、学習者がどんな辞書をどのように使って日本語文を読んでいくかを観察した研究はもちろん無い。それで筆者は以前、漢字を外国語として勉強している英語母語話者(上級日本語学習者)がどのように漢字の読み方を覚えているのか、どのように辞書を使って文を読んでいくかを観察し研究した (鵜沢 in press)。そして今回は、中級日本語を勉強していた3人の学生(漢字圏学習者)に被験者になってもらい、日本語読解プロセスにおける辞書の使用について調べてみることにした。これを前回の研究における2人の非漢字圏学習者のデータと比べてみることにした。

 被験者はいずれも漢字を母国語として読んだり書いたりできる中国系のレスブリッジ大学の学生で専門は3人とも国際経営である。大学では初級、中級前期の日本語を勉強した。しかし日本語の習得度にはばらつきがあり、1人の学生の日本語文読解力はとても低い。データ収集には個人個人私の研究室に来てもらいthink-aloudをしながらパラグラフ2つの短い文章(前回の研究に使用したもの)を読んでもらった。インタビュー、観察記録、think-aloudを書き起こしたものをデータ分析に使った。ケーススタディーなのでプロセスを細かく観察しており、統計分析は行っていない。

 結果を要約すると次のようになる。まず、3人の学生はいずれも漢字の意味は分かっていても日本語の発音がわからないことが多いので、辞書は発音を知るために使っていることが多かった。また日本語のコンテクストの中での漢字の意味を確かめるためにも辞書を引いていた。しかしながら語彙力がなく「またしばらく」を「またし」と「ばらく」に区切って辞書を調べるというように、ひらがなの単語を変なところで区切って辞書をひくため、また1人の学生の場合はさらに文法の構造をよく理解していないため、辞書は文章読解にあまり役に立ったとは言えない。(3人の使用した辞書はコンピュータにダウンロードしたNJStarという漢字辞書、および和英辞書で、さらに2人の学生は三省堂のデイリーコンサイス和英辞典、ランダムハウス和英辞書をそれぞれNJStarと合わせ使っていた。)

 漢字圏からの日本語学習者の場合、漢字の意味が分かることが多いため、日本語文を読むのは簡単であると学生も教師も思いがちである。しかしながら今回のケーススタディーのように漢字の意味が分かっていても文章を正確に理解できないことが多い。文法の知識、語彙がある程度、身についていないと辞書を使っても文章を理解することはできない。前回の非漢字圏の上級日本語学習者の研究と比べるとこのことがはっきり分かる。漢字を日本語のコンテクストの中で読む勉強をしてきた非漢字圏の学習者のほうがずっと早く、正確に日本語文を読むことができた。辞書も読解プロセスにおいて役に立っていたし、語彙力、構文力が身についていたので頻繁に辞書を引きすぎて思考の流れを途切らせるということもなかった。

 今回の研究も前回の研究に引き続き小規模のケーススタディーであるので、もう少しこのようなケーススタディーを積み上げていかなければならないと思うが、このような研究がまとまれば、日本語学習者にとってどのような辞書が必要とされるのか、どのように辞書を授業の中に取り入れていったらいいのか、漢字圏、非漢字圏の学習者を区別したほうがいいのか等、授業の実践に役立つ答が出るのではないかと考える。



(8)日本語初級クラスにおけるメイリングリストの活用

 星真由実 (カルガリー大学)


  技術の革新が進むにつれ 電子メールの操作、また電子メールに介在されるメーリングリストの操作は日に日に容易なものとなっており、その教育への応用の期待は高まっている。その中でも特に、メーリングリストによるディスカッションは情報の交換、体験の共有、グループへの貢献を可能にし 共同学習(Collaborative learning)という新しい教育のパラダイムを提唱、推進している。 

  これまでの研究の結果によると、メーリングリスト上でのディスカッションの参加者は伝統的な教室内で行われる口頭のディスカッションとは違った学習の体験をしているという。メーリングリスト上でのディスカッションの特長は他者との活発な交流と"書く"、"読む"という行為に集約されるが、その日本語教育への応用に関する研究は稀である。この研究はカルガリー大学の初級日本語クラスでのメーリングリストディスカッション(MLD)の応用の例をレポートする。

  この研究論文の筆者が指導した2001年秋季の日本語初級クラスのMLDは参加者が54名、電子メールメッセージの総数は409通にのぼり、その全てのメッセージが、「MLDがどのように学習者の学習体験を高めるか、あるいは高める可能性があるのか」という問いを核に、分析の対象とされた。分析は、電子メールメッセージの内容、電子メールメッセージの往来、学習者のMLDにたいする認識、の三つの視点から行われ、研究手法としては内容分析(content analysis)、メッセージマップ、学期末のアンケート調査が取り入れられた。

  分析の結果、MLD上では明らかに学習者達が教室内とは異なった交流をすること、学習者同士が自主的に助け合うこと、MLDを非常に有効な学習サポート機能と認識する学習者がいる事が分かった。クラスを単位とするMLDが、単に教師から生徒への「お知らせ」を流すような一方方向のコミュニケーションの手段にはとどまらず、学習者同士の交流、助け合いを深め、学習効果を効率よく高める可能性が十分にある事が証明されたのである。

  最後に論文筆者の教師としての経験を通して、MLDを活用する際に注意したい事などが結論にかえられる。



(9)インターネット教材開発の試み「KOBUN-Online」を例にして

楊暁捷(カルガリー大学)


 インターネットは、一つの教育の道具としての環境を日益に整えるようになってきた。日本語教育もその例に漏れず、インターネットを有効に利用することによって、やがて教育の方法やあり方に大きな変容をもたらす結果につながる。

 およそ一年前から、一つのささやかな協力プロジェクトとして「KOBUN-Online」が立ち上がった。これは、日本語を外国語として学習する学生を対象に古典日本語の文法を総合的に解説することを内容とするものである。在来の古文教科書などと違い、このオンライン教材は、電子リソースとしてのインタラクティブな要素を十分に応用し、文法の習得のためにこれまでとはかなり異なるアプローチを学習者に提案している。なお、音声や動画などを要求しないという、古文文法というテーマは、いまの段階ではインターネットという環境には一番適応しているとも言えよう。

 この発表は「KOBUN-Online」の計画や開発におけるかずかずの問題や解決方法を通して、インターネット教材開発の可能性やその将来について取り上げたい。



(10) 複合名詞のデフォルトアクセント規則とリズム指導

稲葉生一郎(カリフォルニア州立大学サンノゼ校)


 共通語は、語のアクセント核位置が分かれば、その語のアクセント型が予測できる。前部要素(N1)と後部要素(N2)が音韻的に完全に複合してアクセント核が一つだけ存在する複合名詞(N1・N2)のアクセント型も、そのアクセント核位置が分かれば、予測できることになる。そこで、どのような音韻情報によって複合名詞のアクセント核位置が分かるのかが焦点になる。

 モーラ(拍)を基本にした先行研究(Higurashi 1983、Tsujimura and Davis 1987、佐藤 1989、Poser 1990、秋永 2001)は、複合名詞を‘短い’複合名詞(N2≦二拍)と‘長い’複合名詞(N2≧三拍)に分けている。そして、N2の音韻情報によってアクセント核位置が決定されると総じて指摘している。さらに‘短い’複合名詞の場合、後部要素(N2)が持つ独自の音韻情報によって全体のアクセント型が決定されるので一律には予測が難しく、一方‘長い’複合名詞の場合は、後部要素(N2)のアクセント核位置さえ分かれば、全体のアクセント型をある程度予測できると指摘している。しかし、先行研究の提示しているアクセント規則は、どれも日本語学習者が活用し易いものとは言い難い。
本発表は、先行研究でN2のアクセント核位置が分かれば、アクセント型の予測が可能だと指摘されている‘長い’複合名詞に焦点をあてた。そしてNHK編発音アクセント辞典(1998)から、‘長い’複合名詞を抜粋して、N2のアクセント核の位置と全体のアクセント型との関係を韻律音韻論の視点から考察した。その結果‘長い’複合名詞は、さらに三拍≦N2≦四拍と、N2≧五拍に区別されることが明らかになった。また、今回のフット(音歩)単位を基本にした研究で、‘長い’複合名詞全体のアクセント型が、複合前のN2のアクセント核位置に関係なく、単にN2の韻律的長さに従って比較的簡単に予測できることが判った。これにより日本語学習者のアクセント核位置に対する記憶負担は大きく軽減されることになる。



(11)日本語における句音調の認定とその機能

上野善道 (東京大学)


 (1)日本語(標準語)アクセントは,単語__詳しくはアクセント単位__について定まっている「下げるところ」だけである。この「核」__「下げ核」/]/__以外は単語として決まっていない。通説の,文節単独の丁寧な発音に基づいて拍ごとに高さを指定する「低高高低型」のようなとらえ方は不適当である。近年のほとんどの理論研究も,実はこのようなL(ow)やH(igh)から成る「型」を前提にしている点で,基本は通説と変わりない。

 (2)一方,どこで「上げる」かは,/]/とは違って単語の性質ではなく,その文で伝えたい意味によって決まる。この「上昇」により認定される単位を「音調句」,略して「句」と言う。その句の音調パターンである「句音調」は,{○[○…}が抽出される。上昇([)は,句の始まりである句頭を表示していることが分かる。

 (3)結局,従来の"アクセント"は,本来の「アクセント」である「単語」の「下降(])」と,広義のイントネーションの一種である「句」の「上昇([)」とに分析される。単語のアクセントに従って下げ,文の中で大事な意味のところで上げる,この組み合わせで文の音調の基本が決まる。

 (4)アクセントの方は単語レベルで社会的に決まっているが,句の方は伸縮自在で話者に選択の余地が与えられている。その「句」がどう切れるか,その切り方がどのような機能を果たすのか,これが本発表の中心課題である。

 (5)句の切り方は,文法的な切れ続き(修飾関係),意味的な限定関係の有無,さらにはその文の発話の状況や前提までも含めた広義の「意味」によって決まる。それを実例に基づいて考察する。その例のいくつかを以下に示す(下線部の音調が問題となる)。これらの音調のあり方を通して,適切な読み方とは何かも考える。
  例:
   1 a)警官は,血だらけになって逃げる男を追いかけた。(男が血だらけ)
     b)警官は血だらけになって,逃げる男を追いかけた。(警官が血だらけ)
   2  ボノボは,人類にもっとも近い類人猿です。
   3 [銀行の窓口で]200番のカードをお持ちの方は,1番の窓口までお越し下さい。

 (6)単語に固有の属性と句の属性を分離することは,方言アクセントの把握にも役立つ。発表では,時間の許す限り,その例も取り上げたい。



(12)「の」による名詞修飾とその意味

谷原公男   (ニューヨーク州立大学バッファロー校)


 この小論では、日本語における「の」による名詞修飾の意味を実例と作例から分析する。言語学では日本語の「の」は英語の "of" や "__'s"と対比され、属格(genitive)として名詞句・節と名詞の関係を表すものであるとされる。しかし、厳密には「の」は名詞句だけではなく、格助詞をも含む単位(例えば「かあちゃんへのみやげ」)や、さらに複雑な単位(「出入り口の五段ほどの階段」、「田中さんが結婚したとの噂」)にも付くため、類型論的には、「の」は格助詞ではなく、副助詞の「は」や「も」、および英語の "__'s" 同様、接語(clitic)として扱われるべきものである。

 「の」による修飾は、一般に「所有格」とも言われるように所有を表すことも多いが、実際にはそれ以外に、属性や尺度、材料、期限、数量、色、場所など多様に用いられる。また、意味関係を判別するのが困難な場合も多い。例えば、「息子の写真」というのは、「息子が写っている写真」とも「息子が撮った写真」とも「息子が持っている写真」とも解釈でき、話し手・聞き手は、文脈に応じてその関係を理解しているのである。

 実例を見てみると、「の」による修飾句は、形容詞のように被修飾名詞の属性や性質を表す「内的」なもの(例えば「化学の研究」)と、典型的な動詞を伴う名詞修飾節のように被修飾名詞との関係情報を表す「外的」なもの(「野依教授の研究」)の二つに大きく分けることが可能であることが分かる。

 さらに、これまで「の」は日本語研究において、多く連体助詞として扱われてきた。それに対し、奥津(1978)などは「の」の多くを断定の判定詞「だ」の連体形としている。実際には、本論では、「の」には、連体助詞と「だ」の両方があり、その差が現れる場合もあるということが分かった。



(13)日本語の話し言葉における人称の「省略」再考

ダビッド・ボルド(九州大学博士課程)


 主語・主題としての機能を持った人称の非言語化(特に話し言葉の場合)、については既に多くの研究がなされており、通常、「省略」という観点から捉えられてきた。
しかし、このような従来のアプローチは単なる表層構造の分析に過ぎないのではないかと考えられる。

 日本語では、一文が文法上「真」になるために、ただ唯一の必須な文法的要素が求められる。それは、周知のごとく、述語である。述語以外の他の語は、主語をはじめ、すべて「補語」と見なすことすら可能だと考えられる。「補語」とは、その定義より、「補う語」のことを意味するが故に、必要な時しか使用されないものであり、述語に関する本来的な意味を左右するものではない。

 さらに、人称の「省略」というと、元々人称が談話上に顕示的に存在することを前提するであろう。今回の調査における統計的な分析から明らかなように、これは日本語の話し言葉の事実と著しく反する。

 先行研究の大部分では、「人称は元々から存在する」ということが標準的な規則であり、「省略」されることが例外だと指摘されてきた。しかし、実際話し言葉においてこれ程頻繁に起こっている現象が「例外」であると断言できるのであろうか。むしろ、その逆なのではないであろうか。

 すなわち、元々、人称が顕示的に存在するのではなく、ただ述語と密接な関係にある独特の意味的動力(semanticdynamics)を持つことによって、その人称を表現しなくても意味が通じるのである。この「表現しない」ことを、人称の「非付加」と名づけておく。そうすると、人称の「非付加」の方が標準的な規則であり、その「付加」の方こそが例外であると見なすことができるのではないであろうか。

 終わりに、人称は、通常、「非付加」されるが、たまたま、何らかの原因によって、「付加」されるということもある。特に、第三者が談話の対象になった場合には、人称の「付加」がしばしば起こる。これも、今回の統計上の検討によって、明らかになった。しかし、いくら第三人称が顕示されても、人称の「非付加」という標準的な規則は言語学的には左右されるものではない。むしろ、コンテキストの問題だと考えられる。コンテキストが曖昧でないならば、第三人称も原則的に「非付加」される可能性が極めて高いと考えられる。



(14)計量的分析による自動詞・他動詞の類型化

前寺正彦(佐藤正彦)(文字鏡研究会)


 形態的観点から自動詞・他動詞の類型化を行なう試みは、綿々と続けられており、各研究者により一定の成果が上げられていることはいうまでもない。しかし、残念なことに、構文的な観点から自動詞・他動詞を分類する手法に比べて、形態的分類手法は、日本語論のなかで十分な評価されているとは思えない。 

 まず、以下に、形態的分類と構文的分類の例をあげる。 

形態的分類 
 自動詞 ukaru (受かる) ⇔ 他動詞 ukeru (受ける): 共通形態素 uk- 
構文的分類 
 自動詞: 私は試験に受かる。 
 他動詞: 私は試験を受ける。←助詞「を」の存在 

 形態的自動詞・他動詞の対立は、言葉に興味があるものであれば、誰でも容易に気づくものであるが、以下の制限事項により、体系だった分類を見出すためには困難も多い。すべての動詞に適用できる演繹的法則がない。 派生の形式により自・他動詞の形態が逆になる。 

u → eru: 自動詞 tatu (建つ) → 他動詞 tateru (建てる) 
u → eru: 他動詞 'oru (折る) → 自動詞 'oreru (折れる) 

 派生前後の動詞で、構文的な自・他動詞の対立が 起きない場合もある。私も上記の制限事項は認識しているが、上記の各項目には次の回答を用意し、計量的分析を開始することにした。 
慣用的派生であると割り切れば、演繹的な法則を見出す必要がない。 

 同形式派生で自・他動詞の対立が逆になっても、 計量的に具体数を割り出せれば、片方は一般派生、もう一方は例外派生として処理できる。派生前後で相対的な自・他動詞の対立が起きることが重要であり、絶対的な自・他動詞の対立である必要はない。 

 上記の項目に加え、基本形態素の数が 40個程度しかない「上一段活用動詞」を、準不規則動詞とみなし、例外処理をすること、また、連用形の接尾母音に注目することで、一般的な類型と傾向を見出すモデルがより簡潔になる。 

 ここで、私は、佐久間氏(*1)、金谷氏(*2)の図、Oyanagi氏(*3)の表から5つの接尾辞を定め、それを茶筅(*4)の動詞データに当てはめることで、7つの派生形にまとめた各自動詞・他動詞の対応表を整理した。また、このすべての動詞の一覧表をホームページで公開することにより、各方面の研究の一助とするものである。
 (http://member.nifty.ne.jp/ComWin/ja/data/trans.htm)  各派生形の概数  派生形 概数 

(*1)佐久間鼎著「現代日本語の表現と語法」(*2)での