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西島美智子(会長)

現理事/役員の横顔
CAJLE staff profile

 

西島美智子(会長)

michiko nishijima (president)


1994年秋に、横浜からカナダの東端に近いニューブランズウィック州に来ました。以来、フレデリクトンにあるニューブランズウィック大学で日本語を教えています。フレデリクトンは、州都とはいっても人口5万人の街です。学生の気を散らすような娯楽が少ないという点では、学業に適した環境なのです。そんな「田舎」で日本語を勉強する学生がいるのだろうか、と思われるでしょうか。まだ初級のみですが、秋学期にスタートする2クラスは、毎年定員の25名でいっぱいになります。赴任以来、日本語コースが継続していくことを願って、孤軍奮闘しています。振興会では、1999年から広報担当としてニュースレターの編集の仕事に携わってきました。あっという間に2年が経ち、私なりに役員としての仕事を把握してほっとしていたところ、突然、会長という大役をお引き受けすることになってしまいました。もうしばらくおつき合いいただくことになりそうです。どうぞお手柔らかに。



金谷武洋(副会長)

takehiro kanaya (vice-president)


カナダ生活はもう20年を越えました。ずっとケベック州に住んでいます。ケベック市に6年、その後、一旦カナダを離れて日本・アルジェリア・ドイツで合わせて4年過ごし、1988年からモントリオール大学で日本語と言語学を教えています。教師生活が楽しくて仕方ありません。うちの大学は4名で日本語を教えています。1ー2年の教科書は「みんなの日本語」。振興会への入会は1990年、今は年次大会の研究発表者との連絡が主な仕事です。最近は振興会もますます国際化し、 2004年は発表者も北米、アジア、欧州の7か国から25名と過去最多になりました。今後の発展が楽しみです。私の専門は構文論と言語類型論で、2002年以降毎年1月に日本で「日本語に主語はいらない」(2002)「日本語文法の謎を解く」(2003)「英語にも主語はなかった」(2004)と刊行出来ました。お目に止まりましたら、コメントやご批判をお願い致します。 



桶谷仁美(副会長)

hitomi oketani (vice-president)


十年ばかりのトロント住まいを後にして、イースタン・ミシガン大学の外国語・バイリンガル教育学部で教えています。研究分野は、多言語・多文化教育およびバイリンガル教育です。特に、二言語およびアイデンティティの発達についての研究が専門です。振興会とは、切っても切れない「ご縁」と言いましょうか、発足の時から、お世話になっております。CAJLEは、老若男女を問わず、また、日本語教育に携る会員も幼児対象から大学・成人対象まで幅広く、とてもAT HOMEな感じの会です。これらの会員の皆さんとの交流を通して学ばせていただいたことは数限りなくあります。このご恩をお返しするためにも、今は副会長およびジャーナルCAJLEの編集に携わっておりす。これからも、どうかよろしくお願いします。



鵜沢梢(副会長/広報)

kozue uzawa (vice-president/web master)

2000年に理事に加わり2001年からこの振興会のホームページ作りに携わるようになりました。そして2002/04年度の副会長も務めることになりました。現在、レスブリッジ大学で日本語と日本映画のコースを教えています。研究分野は応用言語学、第2言語習得、外国語教育ですが、特にSecond Language Writingが専門です。レスブリッジと言っても知らない人が多いのですが、アルバータ州にある街で一応、カルガリー、エドモントンにつぐ第3番目に大きい市です。私は20年以上もバンクーバーに住み、大学院(修士、博士号)もUBCでしたので1997年に初めてレスブリッジに来たときはカルチャーショックを受けました。それまで私はカナダの街はどこもバンクーバーみたいなんだろうな、などと勝手に思っていたものですから、同じカナダでありながらバンクーバーとかくまで違う街があることにびっくりしたのです。住めば都といいますが、レスブリッジの良さがだんだん分かってきた今日このごろです。機会がありましたら、是非遊びにいらしてくださいね!それから私のサイトにも遊びに来てください。研究業績、短歌作品等を載せています。http://people.uleth.ca/~uzawa/



中尾良子(会計)

yoshiko nakao (treasurer)


トロントといえば五大湖の一つ、「オンタリオ湖」、その湖から太陽がぽっかりと頭をだし、トロントの朝が始まります。そんな街に住んで久しく、もうすっかりトロントニアンの一人になってしまった私です。私のCAJLE入会は1991年頃。毎年立派な講師の先生方を迎えて研修会が開催され、初めの頃は最前列にすわり、どんなことも見逃すまい、聞き逃すまいと、よく勉強しましたねえ。そんなところをみそめられたのか、気が付いてみたら役員にさせられていたという次第です。1994年から会計補佐、只今昇格し(?)、会計を担当しております。入会後、はや10年、私もCAJLEの古だぬきになってしまったようです。CAJLEと言えば、夏の年次大会。大会は盛り沢山のプログラムで、幅広い勉強ができるばかりでなく、懇親会や会員同士の"Get-together"の時間もとても楽しいですよ。年々、遠隔地からの出席者も多くなり、いろいろな方と知り合いになり、交わりの輪が広がるのは素晴らしいものです。入会まだの方、ジョインしませんか?私は今トロント日本語学校の成人クラスの部で教えています。クラスは大学生、社会人、シニアと年齢層が幅広く、また、いろいろなバックグラウンドを持った人たちの集りで、とても楽しく教えています。



渡並美和会計)

miwa tonami (treasurer)


「カナダはどんな所かちょっと見てこよう」という軽い気持ちで1993年に広島の田舎からトロントにやって来ました。最初は1年で日本に帰るつもりでいましたが、住むうちにだんだん居心地がよくなり、そのうちにイミグラントとなってトロントに住みついております。2000年度よりCAJLEに入会し、成人部会に入ってみなさんからいろいろ教えていただきながら勉強しているところです。また、会計として役員の仲間入りもさせていただき、新米の私はベテランの中尾さんにいろいろご指導していただきながら仕事をしています。



古屋賀子(書記)

noriko furuya (secretary)


1990年頃から日本語教師という仕事に魅せられ、アジアのどこかで先生になるつもりだったのが、なぜか1992年にカナダに来てしまいました。トロントは「どんな言語も少しずつかじってみたい」私にとって、非常におもしろい所です。地下鉄やバスで世界一周ができるのですから。1998年に書記になって以来、毎日コンピューターに向かう時間が一挙に増えました。実はそれまで、インターネットも使ったことのない旧人類だったのですが、振興会の通信がきっかけでインターネットを使い始め、ついにはホームページにも進出するはめになりました。書記は現在4人になりました。清水先生がCAJLEの年史を丹念に紡ぎ続けてくださっており、私は主に議事録作成を担当しています。新しくサマレル先生、鈴木先生が書記に加わってくださり心強いかぎりです。



清水道子(書記)

michiko shimizu (secretary)


1972年よりトロントに住んでいます。移住したころ、英語圏の世界に入って日本語をどのように維持していこうかと考えました。英語を勉強する傍らトロント補修校で国語の教師をしたのもそのころです。勤務先のトロント大学の図書館で振興会副会長だったケイ・ペング先生に時々出会い紹介されて、1989年に入会しました。以来振興会とのお付き合いは現在に到っています。書記は1992ー98年、2000年よりカムバックして年史をおもに担当しています。 8月の年次大会は、多くの参加者との語らいの場であり、私にとって待ち遠しい研修活動の1つです。申し遅れましたが、現在は、個人で成人対象の日本語と、趣味で生け花を成人クラスで教えています。どうぞよろしく。 
 



鈴木美知子(書記)

michiko suzuki (secretary)


30歳でカナダの地を踏み、人生の半分以上をトロント暮らしという現実。その間、結婚し、息子二人を育て、それぞれの嫁さんから「お姑さん」と呼ばれるという信じられないような現在です。国語教室で初めて7歳児たちの前に立って「くじらぐも」を教え始めた1978年の日々より、あっという間に時間が流れました。1985年より校長職(といっても、もっぱら万屋ですが)を拝命し、継承語教育一筋で今に至っています。CAJLEとの関わりは、その胎動期に始まり、以来、役員会の末席を汚しつづけ、理事会の面々を見回しても、いつの間にか正真正銘の最古参です。これといって何の取り柄もありませんが、書記に始まり、前期までは副会長を数期つとめさせて頂き、この度は、又原点に戻りました。古屋、清水両先生の足手纏いにならないようにと心しています。事務所に一番近いので、出版物の問い合わせ発送など、事務所の仕事を主に受け持っています。それと、年少者部会の担当をさせていただいています。いささか、役員会に長居のし過ぎ(校長職も然り)と反省し、「憎まれっ子世にはばかる」などと陰口をいわれない内に・・・と引き上げの花道をさがすことやしきりのこのごろです。



サマレル清水史子(書記)

fumiko shimizu summerell (secretary)


英語が話せる英語の先生になりたい、英文の小説を原文で味わいたい、私はこの二つの夢を持ち、1970年代半ばに羽田空港を発ちました。あれから30年、当初の計画からずいぶん外れ、現在はカナダのカルガリー大学で日本語を教えています。カルガリーを選んだ理由は、ロッキーの山がすぐそばにあって、空気と水がおいしいからです。カルガリーでは日本語教育関係の方とお会いできる機会があまりないので、年に一度のCAJLEの大会を楽しみにしています。


王伸子(広報)

nobuko wang (public relations, advertisement)


日本在住ながら、2001年より役員に加わりました。CAJLEは、1995年にモントリオール大学での第1回大学部会発表に参加したのをご縁に、以来、会員としてお仲間に入れていただいています。日本にいるため年次大会以外にはあまりお手伝いできない役立たずですが、日本からの情報発信ができるよう心掛けています。現在、広報とジャーナル編集に関わる仕事をおおせつかっています。日本語教育では、専修大学で日本語を教えています。担当科目は「日本語音声理解」「日本語口頭表現」「一般日本事情」で、生田校舎(神奈川県川崎市)で教えています。最寄り駅は新宿から急行で19分なのですが、校舎は枡形山という山の頂上にあり、周りを森に囲まれて、狸も出てくる環境です。トロント市内より自然いっぱい・・・日本にいらした際には是非、足をのばしてみてください。日本の会員の方もどうぞ!!



楊暁捷(広報)

x. jie yang (public relations, newsletter editor-in-chief)


カルガリー大学で日本語を教えている楊暁捷です。自分の名前の読み方ですが、いまからちょうど20年まえの日本留学の間は、ずっと「よう・ぎょうしょう」としておりましたが、日本を離れてぱっと気がついたら、周りの日本在住中国人たちはいつの間にかみなカタカナ表記に切り替えていました。流行に遅れまいと、最近の出版物などでは「ヤン・ショオジェ」とするようになりました。カナダは1990年の冬から住み始め、最初にアパートを借りたのは、トロントも中華街から西へすこし出たところでした。トロントとの縁はわずか一年半で終わり、そのあとはずっとカルガリーです。英語の世界も、そしてその英語自体も生活のなかですこしずつ覚えてきたものですから、いまだに文化の、そして言葉の不自由との格闘を繰り返しています。そして、これらすべてを支え、いつまでも暖かく受けとめてくれているのは、カルガリーという町やここの人々です。みなさんもぜひ一度はお訪ねくだい。
xyang@ucalgary.ca
http://www.ucalgary.ca/~xyang


杉本陽子広報)

yoko sugimoto (public relations, newsletter editor)


はじめまして。杉本陽子です。新人です(ちょっと古いですが)。とは言いましても1998年まで会計とニュース・レターの編集の職にありましたが、一時休暇をいただきエネルギーを蓄えておりました(?)。トロント事務局にもすんなりと受け入れていただき、無事復帰いたしました。カナダにはただ夫の転勤に付いて来ただけという不届き者で、何も分からず分かろうともせずノウノウと暮らしておりました。娘の国語教室への編入後、私の日本語教育への興味が頭をもたげてきた頃、当会の役員でもある鈴木美知子校長から「教えてみない」と声をかけられました。学生時代は幼児教育の勉強をしてはいましたが、まさか海外で幼稚園児に日本語を教える事になろうとは思ってもみませんでした。それ以後、トロント大学での助手なども経験させていただいたりして、現在は国語教室で高校生のクラスを担当しています。早いもので両手の指を使っても数えきれない程長く携わっていることになります。2002年は心機一転の年。広報担当で「ニュース・レター」の編集員の一人として編集長のもとエンジンをかけてがんばります。皆様、お読みになったご感想ご意見等どんなことでも結構です、ご一報ください。



谷原公男広報)

kimio tanihara (public relations, newsletter editor)


早いもので、日本語を教え始めてから14年目になります。1990年の秋にトロント大学に客員講師として行った時は、大学で教えるのは初めてというとんでもない新米でした。着いた翌日に、時差ボケで目をこする中、振興会の方々に紹介され、郵送物の封筒詰めをお手伝いする羽目になったのが、会との出会いでした。トロント大学では、優秀な学生に1年間集中的に日本語をたたきこみ、その後1年日本の企業に研修に送り込むWork-in-Japan Programme やカナダ政府と日本の当時の通産省との提携で始まったCanada-Japan Manufacturing Engineer Exchange Programme の主任講師を主にいたしました。振興会の方でも、日本語教師のための文法ワークショップの講師としてトロントやオタワに招いていただいたりして、6年間本当にいろいろとお世話になりました。
 1996年に勉学に戻るためにロサンゼルスの南カリフォルニア大学に行き、一度は会との接点は薄くなってしまいましたが、98年に現在のニューヨーク州立大学バッファロー校に移ったのをきっかけに皆さんと再会することができました。バッファローからトロントまでは車で2時間弱ですが、カナダ、特にトロントに戻る度に家に帰ってきたようなホッとした気持ちになります。考えてみると、滞在年数ではアメリカが7年、カナダが6年で、アメリカの方が長くなってしまったのに、不思議な気がします。バッファローでは、主に2年生を担当しています。また、E-Business Japanese というビジネスマンのためのオンラインの日本語・ビジネス文化コースの開発にも携わっています。どうぞ、よろしくお願いします。



野呂博子広報)

hiroko noro (public relations)


トロントは第二の故郷と言ってもいいほど懐かしいところですが、いつも里帰り気分でCAJLEの年次大会に参加させていただいていました。2003年に3年ぶりで大会参加、そして理事に返り咲きました。過去は名のみの理事でしたが、今回は何とかお役に立ちたいと思っております。専門は言語社会学と外国語教授法です。20年前、ひょんなことから日系子女のための日本語学校で幼稚園児を教えて以来継承語としての日本語に「はまって」います。なぜカナダに永住する日系の親御さんが子どもさんの日本語教育に熱心なのかという素朴な疑問から始まり、トロント、バンクーバー、ビクトリア、カルガリーといった地域差、また戦前・戦後・日本経済バブル崩壊後といった時間差の二つの軸でカナダにおける日本語学校の在り方を探っています。また最近は言語教育における演劇的アプローチの可能性について日本語以外の言語を教える人たち、そして演劇を専門とする人たちと共同プロジェクトを行っています。感性・感情・身体感覚を言語教育に取り戻そうという試みです。どうぞよろしくお願いいたします

 

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